【明治・大正】100年前の日本人の生活がヤバい...現代では考えられない食事や言葉遣いとは?【ゆっくり解説】【総集編】
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0:00 明治大正時代の日本人の話し方とは?
19:34 明治大正時代の日本人の食事とは?
40:06 華族の言葉遣いとは?
59:39 明治大正の風習が現代と違いすぎる
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明治大正時代の日本人の話し方とは?
もしもあなたが今タイムスリップしたら明治や大正時代の人と会話はできるでしょうか?今からちょうど125年前の
明治33年にパリの万国博覧会へ訪れた日本人による蝋式蓄音機の録音が現在も
残っており聞くことができます。意外と今と変わらない会話をしていたようです。と
はいえ言葉は生き物ですし、今ではもう 使われていない言葉や意味が変わって しまった言葉もたくさんあります。今回は
明治対象時代の日本語がどのように変化したかについて解説していきます。おっと、
その前にチャンネル登録と高評価ボタンを 押してくれるとモチベーションが上がります。登録がまだの人は是非今のうちに
よろしくお願いします。また歴史好きな メンバーで語り合うLINEオープン チャットを解説しました。その名も近ブラ
歴史クラブです。参加メンバーには10秒 で先祖のルーツを知れる苗字診断君をプレゼント中。概要欄から参加をお待ちし
てます。江戸時代までの言葉遣い。江戸時代の話し言葉と書き言葉は全く異なってい
ました。江戸時代は参勤交代によって各地の侍などが江戸へ集まってきました。しかし
各地の方言がきついと話が通じない場合もあり、書き言葉を統一することで意思疎通を
していたのではないかと思われます。実際江戸幕府の最後の将軍である徳川慶喜も
薩摩藩などの侍と会話するのに苦戦したと いうエピソードが残っているのです。 つまり書き言葉は公的な文書や文学作品で
使われる共通言語だったのです。現代の学生が教科として学ぶような古文や漢文を
書き下した文が普通に用いられていました 。また江戸時代には厳格な身分制度があっ
たため敬語も身分や立場に応じて厳しく 使い分けられていました。彼らは漢文
書き下し調の文の他に「〇〇そうろう」という末語を使う「候文」という独特の文などを用いていた
のです。江戸時代から残る言葉でバブル期によく耳にした業界用語があります。例えば
銀座(六本木)を「ギロッポン」寿司を「シースー」というような言葉 です。単語を逆さ読みすることで仲間内
にしか通じない言葉を作り出したのですが、このような逆さ読みという言語活動は現代
に限ったことではありません。江戸時代 から続く逆さ読みの例としては次のような
ものがあります。縁起を担ぐという言葉の 「えんぎ」が倒語となって「ぎえん」となり、それが「げん」
に変化して現在ではゲンを担ぐとなりました 。また新しいという言葉はかつては
「あらたしい」と読んでいました。ところが江戸時代に読み始めた倒語の「あたらしい」の方が定着
したため、今では新しいが普通になってい ます。また日雇い宿のことをドヤと呼び
ますが、この起源も江戸時代です。宿の倒語はドヤですよね。こういった逆さ読み
以外にも江戸時代から続く言葉があります 。最近はやばいという言葉をすごい面白い
といったポジティブな場面で使う若者が 多いのですよね。しかし元々は危ない法に
触れることを指し悪人がピンチの時に使うといったネガティブな言葉として始まった
のです。そもそもやばとは「矢場・矢羽根」という射的場が語源なのですが、この射的場は表の顔
で裏では夜のビジネスが行われていたため、それが法に触れるという意味になったの
です。他にも真面目を表す「マジ」、腹が立つ時に使う「ムカつく」なども江戸時代から使われ
ていました。歩くことをアンヨ、お腹をポンポン汚いことを指すバッチーなど幼児
に対して使う幼児語のルーツも江戸時代に あると言われています。そんなに続いてい
たとは驚きですね。 歴史的仮名遣い。昔の雑誌や小説などを
読んだことがある人なら気がつくと思うの ですが、当時の特徴的な文体として「歴史的
仮名遣い」があります。今の仮名遣いとは異なる 文体で独特の法則を持っています。蝶を
指す「ちょうちょ」を「てふてふ」、「行きましょう」は「行って見 ませう」と書いていたことは有名ですね。
平安時代中期頃の発音に基づいた歴史的仮名遣いは古文や古典文学を読む上で重要な
知識となるので少しご紹介します。
語頭と助詞以外の「は・ひ・ふ・へ・ほ」はそれぞれ「わ・い・う・え・お」音に置き換えその発音通りに表記します。「あわれ」は「あはれ」「いわい」は「いはひ」「思い出」は「思ひ出」となります。「ゐ」は「い」、「ゑ」は「え」、助詞以外の「を」は「お」となります。例えば、「いなか(田舎)」なら「ゐなか」、「こえ(声)」は「こゑ」、「おとこ(男)」は「をとこ」です。さらに「じ」は「ぢ」、「ず」は「づ」と発音し、表記も同じように書きます。例えば、「はじ(恥)」のことを「はぢ」、「しずか(静か)」のことは「しづか」となり
ます。他にも平仮名を使わずカタカナを使うといった書き方も一般的でした。現代の
ような仮名遣いに制定されたのは1946年。意外と近年まで歴史的仮名遣いが使われて
いたことに驚きますね。言文一致運動。 明治時代に入ると書き言葉と話し言葉を
統一する言文一致運動が始まっています。 この運動は西洋文化の影響や四民平等、学校
制度の導入などの社会制度の変化により 人々に情報を伝える必要が出てきたこと
から始まります。実は英語を筆頭とする 西洋の言葉は書き言葉と話し言葉が同一で
あることに気がついたという理由もあり ました。また読み書きをできる人が増える
につれて文体と話し言葉の乖離が問題視さ れるようになっていきました。明治初期の
教科書には「である」「でござります」「であります」「だ」の文末が採用され語尾に混乱していた
様子が見て取れます。それまで使われていた文語体から話し言葉を用いた口語体へと
移行することでより分かりやすくより多くの人に文章を理解してもらうことを目指し
たのです。この運動は知識人が中心となって推進しました。具体的には二葉亭四迷や山田
美妙、尾崎紅葉などの作家たちを指します 。それぞれの作品で言文一致体を試みる
ために例えば二葉亭四迷は「だ」調で、山田美妙は「 ですます」調で、尾崎紅葉は「である」調を
使って様々な文体を考案していきましたが 古い慣習を変えることは容易ではありませ
んでした。明治の文豪森鴎外は当初は話し言葉に近い口語文体で書いていたものの舞姫
などの作品では文語体に戻していることからも分かります。その混乱を打開する
ため、明治33年、明治の教育団体だった帝国教育会内に言文一致会が創設されまし
た。その翌年には貴族院及び衆議院に提出した言文一致の実行についての請願が可決
され、国定教科書にも標準語による口語体が 採用されることになります。語尾だけで
なく過去を否定する表現を「せなんだ」と表記 していました。現代のようなうん。「し
なかった」に統一されたのは明治43年以降 に使用された国定教科書から現在使って
いる近代日本語の基本が定まっていった タイミングです。特にこの変化に時間が
かかったのは新聞でした。毎日新聞の前身である東京日々新聞と読売新聞が口語体
に変えたのは大正10年。その翌年には朝日新聞でも採用されます。つまり新聞は
口語体に変わるまで10年以上かかったわけです。そんな口語体は文学作品などを
通じて徐々に全国へ広まっていき語尾に「ですます」や「である」も普通に取り入れられる
ようになりました。このような作家たちの言文一致運動によって統一が図られた結果
情報共有がしやすくなり教育の普及にも 大きく貢献しました。この言文一致運動が
起こらなければ現在も話し言葉と書き言葉に乖離があるままだったかもしれませんね。
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明治大正時代の日本人の食事とは?
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江戸時代以前の政教分離仏教国母子保護日本の真実の歴史「温故知新」2
返信削除hougakumasahiko.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-fdbc.html
(3)次は仏教徒武士道菩薩上杉鷹山(水戸斉昭、吉田松陰、勝海舟、西郷隆盛、山岡鉄舟、田中正造が心服師事した先達仏教徒武士)がしたためた孫娘「参姫への手紙」
http://blog.goo.ne.jp/newgenerations/e/b60ef7447b10ffe409c0156faa40a4b5#comment-list
仏法武士道の鑑上杉鷹山公「参姫への手紙」=実在の史料です。
上杉鷹山公が隠居後に江戸屋敷の新しい藩主に嫁ぐことになった孫娘(参姫二十歳)に藩主の妻たるべきものの心得を懇切丁寧に説いて手紙にしたためました。
「上杉鷹山に学ぶ」鈴村進著(三笠書房)から著者による現代語訳文を長文乍ら全文転載します。
「人は三つのことによって、成育するものである。父母によって生まれ、師によって教えられ、君によって養われるのである。これはすべて深い恩なのだが、その中で最も深く尊いのは父母の恩である。これは山よりも高く、海よりも深いものであって、これに報いることはとてもできないが、せめてその万分の一だけでもと、心の及ぶだけ、力の届くだけを尽くし、努めることを孝行という。
その仕方にはいろいろあるが、結局は、この身が天地の間に生まれたのは父母の高恩であり、この身は父母の遺体であることを常に忘れず、真実より父母をいとおしみ、大切にする心に少しの偽りもないことが、その根本である。ここに誠実さがあれば実際に多少の手違いがあっても、心が届かぬということはないものである。このことは、自分は徳がないからとても行き届きません、と遠慮すべきではない。その気になって、できる限りのことを十分に努めるべきである。そうしておれば、やがては徳も進み、相手に心が達するものである。あらん限りの力をもって尽くされたい。
男女の別は人の道において、大きな意義のあるところである。男は外に向かって外事をし、女は内にあって、内事を治めるものである。国を治め、天下の政(まつりごと)を行うといえば、大変なことのように思われるであろうが、天下の本は国であり、国の本は家である。家がよくととのえられるためには、一家の男女の行いが正しいことがその根本となる。根本が乱れて、末が治まることはありえない。
普通に考えれば、婦人は政治には関係がないと思われるであろうが、政治の本は一家の中から起こることであり、身を治め徳を積み、夫は妻の天であってこの天にそむいてはならない。これを常に心に銘記して恭敬を忘れず、夫に従順であれば、やがては政事を輔(たす)けることとなるものである。
あなたはまだ稚(おさな)いので、人々から程遠い奥向きで徳を積んでみても、その影響が一国に及ぶはずがないと思われるであろう。しかし、感通とは妙なもので、人に知られず身を修めていると、いつかはそれが知られて、効果が大いに表われることは疑いのないところである。『鶴九皐に泣いて声天に聞こゆ(かく、きゅうこうにないて、せい、てんにきこゆ ・・・鶴は奥深い谷底で鳴いても、その気品ある泣き声は天に届く。つまり優れた人物はどこに身を隠しても、その名声は自然に広く世間に知れ渡るというたとえ)』と詩経に書かれているのはこのことである。奥向きで正しく徳のある行いをしておれば、一国の賢夫人と仰がれるようになる。そうなれば、あなたの行いによって人々が感化されないはずがない。誠があれば、それは決して隠れたままにはならない。ひたすら努めに努められよ。
年が若いので、時折美しい着物を着たいと思われることもあるだろう。それも人情ではあるが、少しでもそんなことに心を動かして、これまでの質素な習慣を失うことのないよう、『終わり有る鮮し(詩経の大雅・蕩 「初め有らざること靡(な)し 克(よ)く終わり有ること鮮(すくな)し」 ・・・何事でも、初めはともかくもやっていくが、それを終わりまで全うするものは少ない) 』の戒(いまし)めを守られるべきである。そうすれば、いつまでも従来の質素な習慣は続けられるであろう。そして、養蚕女工のことを思い、一方では和歌や歌書などを勉強されたい。しかし、ただ物知りになったり、歌人になったりしようなどとは考えるべきではない。学問は元来、自分の身を修める道を知るためのものである。昔のことを学んで、それを今日のことに当てはめ、善いことを自分のものとし、悪いことは自分の戒めとされよ。和歌を学べば、物の哀れを深く知るようになり、月花に対して感興を深くし、自然に情操を高めることとなるであろう。
くれぐれも両親へ孝養を尽くし、その心を安んじるとともに、夫に対しては従順であり、貞静の徳を積み、夫婦睦まじく、家を繁栄させて、わが国の賢夫人と仰がれるようになってもらいたい。出発に際して、末永く祝うとともに、婦徳を望む祖父の心中を汲み取られよ。他へこそ行かないが、今日より後、いつ会えるかわからないので、名残り惜しく思う。武蔵野の江戸なる館へ赴きたまうはなむけに
春を得て花すり衣(ごろも)重ぬとも わが故郷(ふるさと)の寒さ忘るな はる憲」
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上杉鷹山がこの手紙で言う「婦徳」を身につけた婦人が、釈尊がいう「王よ、婦人といえども、ある人々は、実に男子よりも優れている。智慧があり、戒を保ち、姑を敬い、夫に忠実である。かの女の生んだ子は、英雄となり、地上の主となる。かくの如き、良き妻の子は、国家をも教え導くのである。」すなわち女人出家仏弟子比丘尼あるいは女人在家信者ウバイです。
坂本龍馬は生きていた?近江屋事件の黒幕...その後、子孫はどうなったのか?【ゆっくり解説】【総集編】
返信削除youtube.com/watch?v=Dro7l74Ubn4
キンブラ【禁断の歴史ブラックファイル】
2025/12/13 #歴史解説 #ゆっくり解説 #雑学
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♦︎チャプター♦︎
0:00 坂本龍馬は生きていた?
20:14 近江屋事件の真相!龍馬を暗殺した黒幕とは?
41:13 坂本龍馬は小物だった?
1:01:48 坂本龍馬の子孫たちはどうなったのか?
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