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2025/12/19
なぜ、アメリカはいつも悪びれることなく戦争を始めるのか?
そして何度も戦争をしておきながら、なぜ一度たりとも反省しないのか?
その謎を解くヒントとなるのが、アメリカの西部開拓時代に使われたスローガン“マニフェスト・デスティニー”です。
この言葉にひそむ独善的なマインドがやがてアメリカ帝国主義となっていくまでの過程をわかりやすく解説しました。
<主な参考文献>
『米国の世界侵略』(大東亜戦争調査会 編)
『アメリカ西部開拓博物誌』(鶴谷寿)
『星条旗のアメリカ』(青木富貴子)
『大資本の制覇 =アメリカ帝国=』(スコット・ニアリング)
文字起こし
こんにちは。宮咲です。今年2025年は 戦後80年ということで、多分テレビとか
新聞では戦争の特集がたくさん組まれたと 思います。この思うっていうのは私は テレビは嘘しか言わないんで、もう特区の 昔に捨てたんですよね。で、新聞も嘘しか 書かないんで、これまた特区の昔に行読を やめてるんですよ。だからそちらの方の ニュースは分からないんですけど、その 代わりSNSとかYouTubeで最近の ニュースを見てるんですね。でも YouTubeの動画でも戦争の解釈に ついては納得しかねるものが多いんですよ 。なぜかって言うと、日本はなぜアメリカ と戦争をしたのかっていう風に日本を守護 にしてることが多いんですよね。でも事実 として言えばアメリカの方を守護にすべき だと思うんですよ。つまりなぜアメリカは わざわざ太平洋王の向こうからやってきて 日本に戦争を仕掛けたのかと考えるべきで はないかなと思うんですね。で、それを 考える手がかりとしてこの動画で取り上げ たいのがマニフェストデスティニー という言葉なんです。これはとても有名な 言葉で、多分大概のアメリカ人は少なく ともこの言葉だけは知ってると思います。 一方で日本では一般的にはあまり知られて いない言葉だと思うんですよね。歴史教科 書にも出てきませんしね。 それでこの動画ではこのマニフェスト デスティニーという言葉というか概念を軸 になぜアメリカは日本に戦争を仕掛けてき たのかということについて考えてみたいと 思います。 まずそもそものことの起こりなんですけど ね。15世紀に始まった大公開時代まで 遡るんですよ。つまりコロンブスとかが 活躍した時代ですよね。大公開時代が 始まってすぐ世界一の海洋国家であった2 つの国。すなわちポルトガルとスペインに よる海外領土獲得競争が始まったんですよ 。でもこの両国は争いを避けるために ローマ教皇とも相談してそれぞれの勢力 範囲を決めることにしたんですね。で、 どうしたかって言うと、大正の真ん中 あたり、ま、一応軽度はちゃんと設定され てるんですけどね、その真ん中辺りを起点 にして地球を2つに分割したんですね。で 、スペインは大正の真ん中あたりから 西回りのエリアを勢力範囲にして、一方 ポルトガルは大西洋の真ん中辺りから 東回りのエリアを勢力範囲にしたんです。 そして地球を裏返ししてみるとアジアに なりますよね。スペインはフィリピンまで を勢力範囲にして、ポルトガルはモルカ 諸島までを勢力範囲にしたということなん ですけど、ここで両国のエリアが東西少し 交差してるんですけどね、ま、これには 色々事情があったんですよ。で、え、ここ で重要なのはフィリピンがスペイン領った ということなんです。ま、スペインになっ たって言っても実際にはスペインが フィリピンを制服したという意味なんです けどね。 で、ここからは改めてアメリカの話になり 移住するヨーロッパ人が出てきたんですね 。それでヨーロッパからはいろんな国の人 たちが北米大陸にやってきました。それで そういう移民たちについてよく経験な クリスチャンだったって言われることが 多いんですけど、まあ確かにそういう クリスチャンもいたんですけど実際には 半分以上は全下とかならず物が多かったん ですよ。つまりヨーロッパの本国では住み づらいので思い切って新大陸に移ってま やりたい放題自由にやってみたいっていう 連中が多かったんですね。 だから後先のことも考えないような連中 ばかりだったんですよ。それで、え、実際 本国に住んでいた頃も、ま、まともに労働 したこともないような連中がやってきたん ですね、新大陸に。で、全く無計画の状態 でやってきたんで、新大陸に来ても6に 生活できなかったんですよ。だから最初の うちはそういう移民たちの多くが餓視し たり冬になると投資してしまうっていう ような事態が起きてたんですね。 でも、え、そういう悲惨な状況にある白人 たちを見かねて援助の手を差し伸べた人 たちがいたんです。それが現地の インディアンたちだったんですよ。で、 インディアンたちは自分たちの食料である トウモルコシをその白人たちに分け与え たり、あるいはあの、ま、農業なんかやっ たことのないような白人のならず者たちに トウモルコシの栽培方法をね、手取り 足取り親切に教えてあげたりしたんですね 。で、その結果 さすがに白人の者たちもやがて新大陸での 暮らしに慣れてきたんですね。でも慣れて きたところでその白人たちはインディアン から受けた恩をあで返すようになっていき ました。例えば、え、親切にしてくれた インディアに対して、えー、トウモルコシ をいついつまでに何十t持ってこいとかね 、そういう無茶、無茶な無理な要求を出す ようになったんですね。そして インディアンがそんなに出したら自分たち の文がなくなるって言って、えー、答える を全員皆殺しにして、それでその土地を 奪うといったことを繰り返し、繰り返し何 度もやってったんですよ。で、そうして やがってイギリス人を中心とする白人たち はアメリカの東海岸に13個の植民地を 建設したんですね。そしてこの13職民地 がイギリス本国からの独立戦争を起こした んです。それが1775年の4月のこと でした。 そして戦争中の1776 年の7月に早くも独立宣言を出したんです ね。それで13職民地がアメリカ合衆国と して独立することになりました。で、 独立戦争は完全に集結しました。それで 明日と共もにアメリカは独立したという ことになったんですね。で、当初アメリカ 合衆国はアパラチア三脈から東側の部分 だけだったんですけど、やがてその アメリカ合衆国の領土は西英西と広がって いくことになりました。これを生前運動と 読みます。 ところで西武劇の中の西武っていうのは どこのことかっていうことなんですけどね 。アメリカ体育が建告された当時の西武 っていうのはアパラチア山脈から西全てを 指してたんですよ。だから当初のいわゆる フロンティアアっていうのはアパラチア 三脈のことだったんですね。その アパラチア三脈を超えたところから アメリカ人による西武解拓が始まったん ですよ。でも西武開拓とは言ってもその 西武っていうのは別に全くの見えの地では なかったんですね。まずインディアンが もうすでにたくさん住んでましたよね。 それにそういった土地も一応イギリスとか スペインとかが名義上療有していてごく わずかですけど白人も住んでました。だ から実際の西武解拓というのはそういった 土地をまずその持ち主となってる国から 購入してそれから開拓民を送り出すって いう順番で行われたんですね。そして アメリカは領土を西と広げていったという ことです。これがさっき言った生前運動 からどの土地を購入したかっていうのを 大体の図で表したものなんですけど、まず 、え、1783年独立戦争が終わってすぐ にこのアパラチア三からミシピガーまでの エリアをイギリスから活上されました。で 、ついでルイジアナをフランスから購入し て、フロリダをスペインから購入して、で 、テキサスはテキサス共和国っていうのが あったんですけど、これと併合したんです ね。そしてオレゴンはイギリスと、え、 分割しました。国部はイギリスで南部は アメリカっていう感じですね。それから カリフォルニアを含む広大な土地はこれは 1848年にメキシコと戦争をして米国 戦争と言いますけどその戦争で勝って そして獲得した領土ですね。 それでちょっと不思議に感じることなん ですけどもね。アメリカ人たちが開拓した 土地っていうのは全くの全人未党の土地で はなかったんですよ。 さっきも言いましたようにインディアンと かまた少数ではありますがすでに白人も 住んでいた土地にアメリカ人が入っていっ ただけなんですね。それをアメリカ人は 西武開拓って呼んでるんですよ。そして その開拓の最前線をフロンティアって呼ん でるんですね。つまりアメリカ人というの はあくまでも自分たち目線、自分たち本意 で、え、世界を見ている民族だということ がこういう事実からもいるんじゃないかと 思います。え、その土地にすでに人が住ん でいようがいまいが自分たちがまだ入った ことのない土地ならそこは未会の地という ことなんですよ。なんかね、どうも傲慢な 民族だなと思いますね。 とれ、こうして1890年アメリカ人に とってのフロンティアはついに消滅しまし た。要するにどこの土地も最低1人の アメリカ人が入ったことがありますよと いう状態になったんです。で、もう1つ フロンティアを考える時に大切なポイント があるんですね。それはフロンティアって いうのはすなわちインディアン虐殺の 最前線だったということです。 インディアン戦争っていうのがあるんです ね。これは1622年から1890年まで 続いたとされてるんですけども、これ戦争 って言えば一応聞こえはいいんですけど、 では、アメリカ人は一体どういう精神状態 でインディアンを平気で虐殺しながら西へ そのアメリカ人のマインドを象徴する言葉 があるんですね。それが マニフェストデスティニー なんですよ。これは直約すると明白な運命 ということになります。 このマニフェストデスティニーという スローガンが意味するものは、野番人を 啓蒙して文明人に変るのは神が我々 アメリカ人に与えた使命であるというもの なんです。で、そこに潜むマインドという のは、アメリカ人特有の独然的な考え方。 我らこそ神に選ばれた優秀な民族であると いう思想。アングロサクソンとしての人種 的優越感、そして非アングロサクソンに 対する差別意識、そして自分たち アメリカ人が行うことは全て正義だという 勘違い。こうしたものなんですね。 そして現実としてはマニフェスト デスティニーというスローガンは インディアンを啓蒙するどころか インディアンの土地の略奪とインディアン の大虐殺を正当化する言葉として使われる ようになったんですね。 ここでマニフェストデスティニーという アメリカ人のマインドを描いた絵を3つ 紹介したいと思います。 まず1枚目はアメリカの進歩っていう タイトルがついた絵なんですよ。これは ジョンガストっていう人が1872年に 描いた有名な絵ですね。文明は西へ向か うっていういわゆる文明の生前説っていう のを描いた絵なんですよ。で、非常に有名 な絵なので、もしかしたら皆さんの中にも 知ってる人がいらっしゃるんじゃないかと 思います。え、この絵はですね、向かって 左側が西になります。ちょうど世界地図を 見てるのと同じことですよね。で、パッと 見て分かるように右半分は軽くて左半分は 暗いんですよね。つまり、え、右半分は アメリカによってすに文明化された世界。 そして左半分は、え、まだアメリカ人が 開拓していない、え、野番な世界という 意味ですね。で、この女性はですね、この 女神様のような女性は、え、アメリカ合衆 国を表してます。西へ向かうアメリカ人を 象徴的に示してるんですよ。で、この女性 が左手に持っているのはテレグラフワイ ヤって電身線ですね。電話がまだなかった 時代ですから電身線なんです。そして右手 だっていう人がいるんですけど拡大して みるとスクールブックって書いてるんです ね。これはまさに学校の教科書ですよ。 つまり野蛮人を教育して文明人に変るため の教育、それをそういう意味を込めて スクールブックを持ってるんですね。で、 画面の右側には滅場とか蒸気機関車が走っ ていて建設中のブルックリン鏡も見えると 。で、画面の左側にはバッファローの群れ と共に追い立てられて逃げ惑っている インディアンの姿が描かれています。 そして2枚目はですね、帝国の進路は西へ 西西西に向かうっていうタイトルがついた 絵なんですね。 これはアメリカ合衆国会技似道、つまり 日本でいう国会技童ですね。その技童の中 にある壁画に描かれてる絵なんですよ。 この絵もおよそ左側っていうか左側の奥の 方が西になってるんですけどでこの絵には さっきのアメリカの進歩の絵のように インディアンは描かれていませんけど意味 するところはさっきと同じくマニフェスト デスティニーなんですね。 それにしてもこのアメリカの国会擬自動の 中にこういう壁画が未だにあ るっていうのがなんとなく恐ろしい感じが しますね。 そして3枚目はですね、独立と西武開拓の 始まりりっていうタイトルがついた絵なん ですけど、これは水理州 インディペンデンスにあるトルマン図書館 博物館の中の壁画なんですよ。この壁画も やはり左側が西で、つまり西武ですね。 そういう風になってます。で、この絵では インディアンが絵描いていて、で、右の方 には銃を構えてる白人もいれば、えー、 インディアン相手に物交換を始めてる白人 もいます。それでここで注目すべきなのは 日本への原爆に5サインを出した大統領が トルーマンであって、そのトルーマンを 記念して作られた施設の中にこういう マニフェストデスティニーの壁画があると いう点がなんか怖いなと思うんですね。 実際日本は戦後GHによって教育制度全部 アメリカのイのままに変えられてしまい ましたよね。まさにアメリカ製のスクール ブックを押し付けられたというわけなん ですよ。 さっき言いましたように1890年に フロンティアは消滅しました。で、 アメリカ人はマニフェストデスティニーっ ていうのは一応ここで終了したと考えてる んですよ。 それでマニフェストデスティニーも インディアン虐殺も過去のことだと考え てるんですね。 でもアメリカがマニフェストデスティニー 続けてることは確かだと思います。でも彼 らにはその自覚がないんですね。 では、アメリカ人のマニフェスト デスティニーはフロンティア消滅後どう なったのかということなんですけど、これ についてよく言われることがあるんですね 。マニフェストデスティニーはアメリカ 帝国式というものに形を変えて現代でも 行き続けているということなんですよ。 そしてまず最初にそのアメリカ帝国主義の 絵となったのがスペインでした。最初に 言いましたように大公開時代以来大西洋 から東回りはポルトガルの勢力範囲となっ たんですけども、やがてその集約は イギリスになっていきます。一方西回りの 方はスペインの勢力範囲だったんですけど も、当時のスペインはもはや実の帝国でし たから、え、大公開時代の重影もないと いう状態だったんですね。でも相変わらず 南米においてはキューバ、そしてアジアに おいてはフィリピンを領有してたんですよ 。そこでアメリカがそのスペインの勢力 範囲をごっそり奪うために起こしたのが 米星戦争だったんです。 え、ここにキューバがありますけど、当時 キューバはスペインだったんですね。 そしてスペインはキューバの住民に対して 残虐行為を繰り返していたんです。その キューバをスペえ、スペインから解放して 独立させるという大義名文でアメリカは スペインに戦争を仕掛けました。その回線 の直接的な口になったのが有名なメイン号 爆発事件なんですよ。これは偶然ューバの 羽湾に泊していたアメリカの戦艦メイン号 が爆発して沈没した事件です。この時 260人くらいが死んだんですね。それで アメリカはそのメイン爆発事件はスペイン の仕業だという言いがかりをつけて スペインに先線付告をしました。 そしてアメリカはスペインとの戦争が 始まると、元々アジア方面に展開していた アメリカの艦隊をすぐにフィリピンに向け て出撃させました。そしてマニラワンの スペイン艦隊を壊滅させました。 まるで最初からフィリピンを奪うことを 前提としていたかのような手際の良さでし た。 そして実際この戦争の後フィリピンは アメリカのものになったということです。 このメイン号爆発事件については実は アメリカの自作自延ではないかという話も あるんです。はっきりとは分かってないん ですけど、十分にその可能性はありますね 。で、よくこういうことを言われるんです 事件が起きる。この事例はとにかく たくさんあるんですけど、いずれこの チャンネルで動画にするかもしれないので 、ま、ネタとして撮っておくことにします 。ただ分かりやすい例を1つ上げておくと 、え、2001年に起きた同時初テロ いわゆる911ですよね。これは ものすごく有名ですよね。これによって アメリカはアフガニスタン進行を始めたん ですよね。というかアフガニスタン進行の ために口日に使われたって言った方がいい ですね。それにしても911っていう事件 は非常に不思議な事件です。今でも YouTubeにアメリカ人の YouTuberが作った検証動画が たくさんアップされていますので、よかっ たらご覧ください。で、もう1つはですね 、え、ま、新次ワ攻撃ですよね。この 新次ワ攻撃を事件っていうのはちょっと また違うかもしれませんけどね。ま、実際 よく似てるところがあるんですよ。これも ね、ただ単に日本が先制先線付告なしに 先制攻撃を行ったっていう風に信じるのは あまりにも単純というかね、素直すぎると 思うんですね。もたくさんの謎とか疑問が いっぱい残る出来事なんですね。この新珠 攻撃は。これもいずれ動画にしたいと思っ ています。 それでそもそもアメリカのマニフェスト デスティニーはなぜアメリカ帝国主義と いう形に変化したのかということについて 考えてみたいと思います。え、1890年 頃にはアメリカの工業生産はイギリスを 抜いて世界一になりました。ただアメリカ の国内需業だけでは製造した工業製品を さききれなかったんですね。そこで海外に 市場を求めることになったんですよ。で、 普通だったらかつてのイギリスやフランス のように海外市場としての植民地獲得を 目指すべきだったんですけど、もう植民地 にできる場所っていうのが残ってなかった んですね。そこでアメリカが取った方針が 中国大陸での文庫解放政策だったんですよ 。これは文庫解放機械金と領土保全の3点 セットからできてました。この領土保全 っていうのはその国の主権を尊重しましょ うっていう意味ですね。要するに植民地下 はやめてどの国も中国には自由に平等に 参入できるようにしましょうという主張 だったんです。でも自由に平等にとか言っ ても工業生産っていうことで言えば アメリカが世界一だったわけだからもう アメリカの1人が勝がちになるのは分かり きっていたことですよね。 として当時の中国はヨーロッパの劣教に よって一応すでに勢力範囲が分割されてい たんですけどね。アメリカはそういう ヨーロッパ諸国には何も言わないで唯一 マン州だけを生命戦と考えていた日本に 対してだけ文庫解放を口うるさく要求して きたんですよ。 本 機械均等とかいう風にアメリカという国は いつも綺麗事ばかりを言うんですね。 ところがその綺麗事も実はアメリカ人の 手前勝手な正義感に過ぎないんです。 そんなに文庫解放とか機械等っていうなら どうしてまずアフリカとかインドに行って それを主張しなかったのかそっちの方が先 じゃないのって話ですよね。やはり自分と 同じアングロサクソンが支配している土地 に入っていくのは遠慮があったということ でしょうね。そして中国というマーケット を手に入れようとした時、そこにどうして も目障りなインディアンがいたんですよ。 それが日本人だったということなんですね 。その日本人というインディアン討伐を 正当化したアメリカ人のマインドがまさに マニフェストデスティニーだったという ことです。マニフェストデスティニーは こうしてアメリカ帝国主義の中にまだ 生き残っていたということなんですね。 そして1940年の5月、アメリカは カリフォルニアのサンディエゴにあった 太平洋艦隊の本拠地を突然ハワイに移して きました。これは日本による新珠攻撃が 行われる1年半以上前のことです。別に 太平洋においてアメリカが何かの危機に 陥ってるわけでもなかったんですよ。太平 洋上でアメリカの安全が脅やかされてる わけでもなかったんですよ。なのに アメリカは四艦隊をハワイまで前進させて きたんです。もうアメリカの意図は明確 ですよね。ところが当時日本政府も日本 国民もまだ日本がアメリカと戦争すること になるなんて全く考えてもいなかったん ですよ。あえて言えば石原幹事がこの同じ 1940年の11月に世界最終線論という 本を出しています。その本の中で石原幹事 はもしかしたら将来日本はアメリカと戦争 することになるかもねという風なことを 書いてるんですね。でも実際にはアメリカ は石原幹事の予想よりもはるかに早い時期 から日本討伐に向けて動いていたという わけですね。 そしてさらに1941年に入るとアメリカ は日本経済を窒速させるような様々な経済 風鎖を仕掛けてきて日本を徹底的に 追い詰めてきます。こう考えてくれば日本 がアメリカに対して戦争を仕掛けたのか、 あるいはアメリカが日本に対して戦争を 最後にもう1つ考えておきたいことがある んですね。え、日米関係の悪化を考える時 ことが大東亜戦争につがったのではない かっていう考え方があるんですよ。この 桂ラ張満協艇っていうのは何かって言うと 、日路戦争で日本が勝って南満州鉄道の 咀嚼権を獲得した時にアメリカの鉄道王で あったハニマンがその経営を一緒にやり ましょうって日本に提案してきたんですね 。それを最初日本側が軽く口約束の形で海 協定のようなことを行ったんですけども、 その後小村太郎の判断でお断りしたんです よ。だから別に協定破りでも何でもないん ですけどね。でもこの時にもしアメリカの 提案を受け入れて南満州鉄道をアメリカと の共同経営にしておけば後でアメリカに 戦争を仕掛けられることはなかったんじゃ ないかっていう人がいるんですよ。でも 果たしてそういう風にうまい具合に行った かどうか私は疑問に感じますね。 日本人っていうのはみんな人がいいので 鉄道経営を一緒にやってあげればまさか 裏切られることはあるままいっていう風に 考えがちなんですよ。でもそれは日本人 故えの甘さであってアメリカ人には通用し ないと思います。 こういうことを考える時に是非思い出す べき事実があるんですね。それは昔 アメリカにアメリカ大陸にたどり着いた 白人たちがインディアンから恩を受けて おきながら最終的にインディアンたちを 虐殺して彼らの土地を奪いましたよね。 そういうアメリカ人っていうか、ま、この 場合だと白人って言ってもいいかもしれ ませんけど、彼らが持っている先点的な 残忍性というものを簡単に忘れてはいけ ないと思います。もちろんアメリカ人にも いい人はたくさんいますし、逆に日本人に も残忍な人間はたくさんいると思うんです よ。でもそういう個人単員の話ではないん ですね。人間というのは1人1人に人格が あるんだけども、その個人が集まった国家 にも国家としての人格のようなようなもの があるんですよね。それが国民性とか あるいは民度って言われるもんなんですよ 。だからそういう視点を持ってアメリカと いう国との付き合い方を考えていくべきだ と思うんですよ。皆さんはどういう風にお 考えになるでしょうか?ということで今回 の動画はここまでとなります。この チャンネルは学校の歴史の授業や歴史教科 書に書いてあることとは違う観点から歴史 を考え直すことをテーマにしています。 もしご興味がありましたらチャンネル登録 をお願いします。では今回も最後までご覧 いただきありがとうございました。
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