【戦国逸話】惣領の真髄 〜 毛利領内での反乱鎮圧に両川(吉川・小早川)は苦戦が続く… 〜

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  1. 三河一向一揆 / 一向宗 VS 家康 ― 坊主どもとの抗争、ここに始まるっ!
    youtube.com/watch?v=NW9uOTx4chE
    2025/10/03
    永禄六年(1563年)ごろ、松平元康(後の家康)が領国支配を強めるなか、矢作川流域の本宗寺・本證寺・勝鬘寺・上宮寺を中心とする一向宗寺内町が自治的・経済的特権(不入権)を盾に対立を深めた。兵糧要求を拒否されたことを契機に、籾の奪還や使者殺害が起こり、一揆は拡大。家臣団も割れて激戦(上和田砦・小豆坂など)となるが、家康は逐次反攻して一揆を鎮圧。和睦後に寺側の特権は剥奪され、主要寺院は破却され、参加者は多数、追放された。これにより家康は家臣団を再編して三河の支配を固め、のちに勢力基盤を築いた。

    ▼目次
    00:01 三河一向一揆前夜
    02:08 不入権 寺内町の繁栄と特権
    03:55 一揆結成
    08:20 遠州忩劇
    09:23 家臣団分裂
    12:12 上和田砦の戦い
    17:02 小豆坂の戦い
    20:28 和睦成立へ

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    • 三方ヶ原の戦い /決戦は不確定要素が多く、お互いどちらも恐怖し、避けようとする。/信...

    ▼音声
    VOICEVOX:玄野武宏
    VOICEVOX:四国めたん
    VOICEVOX:雀松朱司

    ▼参考文献
    『信長公記』『三河物語』『松平記』『三州一向宗乱記』
    図説 徳川家康と家臣団 小川雄
    徳川家康と武田信玄 平山優
    徳川家康と今川氏真 黒田基樹
    徳川家康の最新研究 黒田基樹
    徳川家康の決断 本多隆成
    徳川家康と武田氏 本多隆成
    徳川家康 笠谷和比古
    信長・家康と激動の東海 東海の中世史 山田邦明
    徳川家康 天下人への跳躍
    徳川家康 柴裕之
    重要なパート

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  2. 不敗伝説☆李舜臣 降臨っ! だが英雄はすぐに逃走を始めた!【朝鮮出兵】/ 於蘭浦海戦 / 碧波津海戦 / 【慶長の役】触れるもの全てが勝利っ!
    youtube.com/watch?v=yhVx0wzb41o
    /
    鳴梁海戦☆李舜臣が勝ち目のない戦いを仕掛けて 敗走☆日本軍、追撃にうつる 【朝鮮出兵】《慶長の役》★朝鮮敗北
    youtube.com/watch?v=SB5x4EguKOQ
    /
    李舜臣・自分だけ逃げる/ 誇大宣伝・プロパガンダはすぐに始まった…/ 鳴梁海戦の後…
    youtube.com/watch?v=hSrBB_D3Ddw
    2025/12/12
    鳴梁海戦とは…それ以前に一方的にタコ殴りされ続けられていた朝鮮軍が、この戦いでなんとか日本水軍に打撃を与えたので有頂天になってしまった戦い。
    そのため、かさましにかさましをしまくり、誇大に宣伝しまくる中で、戦闘中に逃走した事実はきれいに忘れて、勝利と勘違いしてしまった戦い。
    それは今に始まったことではなく、乱中日記にみられるように戦いの直後からプロパガンダは始まっていた。

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    三方ヶ原の戦い
    • 三方ヶ原の戦い /決戦は不確定要素が多く、お互いどちらも恐怖し、避けようとする。/信...

    ▼参考文献
    「乱中日記」 「懲毖録」 「看羊録」 「朝鮮王朝実録」「再造藩邦志」
    「高山公実録」「藤堂家覚書」「毛利高棟文書」
    豊臣秀吉朝鮮侵略関係史料集成 (編集)北島万次
    秀吉の朝鮮侵略 北島万次
    秀吉の朝鮮侵略と民衆  北島万次
    文禄・慶長の役  中野等
    水軍と海賊の戦国史  小川雄
    豊臣水軍興亡史 山内譲
    朝鮮の役 旧参謀本部
    水軍の日本史 下 佐藤和夫

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  3. 木崎原の戦い /若き島津義弘の致命的ミス / 釣り野伏せではなく、ただ逃げるのに失敗。/島津軍の狂気に救われる /
    youtube.com/watch?v=h7Zmu9p8okw
    2025/12/26
    元亀3年(1572年)の時点で島津義久は39歳、島津忠平(島津義弘)は37歳

    元亀3年(1572年)、日向の伊東義祐は圧倒的兵力で島津領へ侵攻を開始した。守る島津忠平(義弘)は飯野城で孤立。伊東軍は忠平を野戦に引きずり出すため、妻の籠る加久藤城を急襲する。忠平は偽兵の計を用いて敵を動揺させ、伊東軍が一時撤退の構えを見せたその時、好機と見て家臣の制止を振り切り出撃を決断。わずか五十騎で大軍へ突っ込むという、無謀な戦いの幕が上がった。

    ▼目次
    00:01 木崎原の戦い
    03:04 伊東軍動く
    13:35 加久藤城の防戦
    17:00 狂気の世界に突入
    21:17 三角田の乱戦
    23:05 崩壊
    27:27 追撃戦
    28:48 一騎打ち
    29:52 合戦の終結と被害状況


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    ▼音声
    VOICEVOX:青山龍星
    VOICEVOX:中部つるぎ
    VOICEVOX:剣崎雌雄
    VOICEVOX:麒ヶ島宗麟
    VOICEVOX:雀松朱司
    VOICEVOX:黒沢冴白


    ▼参考文献
    『明赫記』(木崎原御合戦傳記)(箕匂記)惟新公御自記

    ※木崎原御合戦傳記には「加久藤城を「空城」であるかのように見せかけ、攻めさせようとしたとか、加久藤城の「搦手の鑰掛口が弱点」という嘘情報を流したとかいうような謀略を巡らされた。」ようなことが書かれているが、惟新公御自記にはそのような謀略がなされたことは記載がない。そもそも仮にそのような謀略をしても、あまり効果は薄いし、いずればれる。そしてばれても大局に何の影響もない。兵力が島津軍の方が多いのであれば、敵を誘い込んで殲滅するという作戦で意味があるが、この場合は全く意味がない。少しの時間稼ぎにはなるが、それが決定的に重要になるわけでもない。(結局、結果論。結果は伊東軍が殲滅されたが、この時の島津はあまりに少数過ぎて、そんなことを考えられるわけない)
    それに戦いはこれ以前にも、何度も同じ地で戦い、すでに伊東軍は加久藤城に攻めたことがある。
    つまり伊東側が加久藤城のことをある程度は知っている。
    よって、有名な一連の謀略は省きました。

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